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広島高等裁判所 昭和29年(う)321号 判決 1955年6月04日

控訴人 被告人 松村佐一 外一三名

弁護人 小野実 外四名

原審検察官

検察官 好並健司

主文

原判決中被告人松村佐一、同熊谷恭平、同山本斗八、同岡村勇一、同中川喜代七、同山村仁策、同山本雷造に関する各有罪部分及び被告人鳥越幸助、同勝岡義雄に関する部分を破棄する。

被告人松村佐一、同鳥越幸助を各懲役三月に処する。

但しいずれも本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中証人増本鉄造、弘信明に支給した分は右被告人両名の連帯負担とする。

被告人熊谷恭平、同山本斗八、同岡村勇一、同中川喜代七、同山村仁策、同山本雷造、同勝岡義雄はいずれも無罪。

検察官の本件控訴はこれを棄却する。

理由

被告人松村佐一、熊谷恭平、山本斗八、岡村勇一、中川喜代七、鳥越幸助、山村仁策、山本雷造、勝岡義雄の弁護人小野実、小河虎彦、小河正儀、原田左近の各控訴趣意、検察官好並健司の控訴趣意及び被告人松村佐一、山本斗八、熊谷恭平、松岡三雄、国本重一、松本信一、倉森武雄、高富昌一の弁護人弘中武一の答弁は、それぞれ記録編綴の各控訴趣意書並びに答弁書記載のとおりであるから茲にこれを引用する。

第一、日鉄関係窃盗事件(原判示第一事実)関係

弁護人小野実、同原田左近、同小河虎彦、同小河正儀の各控訴趣意中右関係部分に対する論旨(理由不備又はくいちがい、事実誤認、法令適用の誤)について

各論旨は、原判示第一において被告人等が窃取したと認定された物件は光市のものであつて国有財産ではない。即ち右は国から日本製鉄株式会社(以下日鉄と称する)へ払下げられ、更に日鉄から光市へ分譲された旧光海軍工廠の廃機械の一部であつて、右は特定物の売買としてその所有権は光市に帰属したものである。従つて被告人等がこれを右工廠外に搬出したからといつて窃盗罪を構成するいわれはなく、且つその犯意もなかつたものである。然るに原判決がなおこれを国有財産であるとし窃盗罪を以て問擬したのは、その理由の説示においてそごがあるのみならず重大なる事実の誤認をおかし延いて法令の適用を誤つた違法があるというに在る。

よつて記録を調査し、これに現われた諸般の証拠を綜合考察するときは、左の通りの結論を得られる。

即ち、光市所在の旧光海軍工廠は戦災により被害を受けて廃墟と化し、これが廃機械類は一旦占領軍に接収されたが、その後占領軍より国に返還されるに至つたので国は昭和二十四年三月十七日その全部を日鉄に払下げるに至つたところ、右払下げは、初め賠償物件に指定された際評価委員会において査定し作成してあつたリストに基きその品目数量を鋼屑千二百四屯、銑屑三千七百二十一屯、青銅屑五十屯としその代金は千百八十五万四千六百五十円と定められたが、右数量は正確には必ずしも実数量とは合致するものとはいえず、しかもこれが正確なる検量は殆んど不可能であつたので、特にその附帯条項として後日実量等に増減のあることを発見したときは双方協議の上契約を更改するものとするとの一項が附加せられた。(同契約書第四条)ところで、一方地元たる光市においては、戦後極度に疲弊した市の復興発展と激増する失業者の救済等を図る目的で右廃機械類(鉄屑類)の分譲方を関係当局等に陳情した結果これらの諒解と援助の下に、同年十月十八日及び同二十五年一月二十四日の二回に亘り、前記日鉄の払下げを受けたものの内から結局銑屑千七百八十屯銅屑(これは非鉄金属屑一般を指す)二十屯合計千八百屯を日鉄から分譲を受けることとなり、これが破砕作業も光市において行うこととし、右品目数量は同様前記リストによつたが、その受渡場所は置場渡しとし、日鉄、光市の当事者双方及びその他の関係官立会の上実地につき分譲すべき機械の置場たる数工場が個別に指定されたるのみならずその機械自体にも印を附されて受渡が行われた。そして問題となつた本件物件(銑屑約三百三十九屯鉋金屑約六屯鉛約百六十瓩、銅屑約六百九十五瓩)は右指定工場に於ける、印を附した機械を破砕したることによつて発生したものであつたが、破砕後の実数量は総体としてこれを見るときは前記買受数量を超過するものであつたため茲に問題を生ずるに至つたものであるところ、元来国と日鉄との間の払下契約は右工廠内に存する廃機械類全部を以てその目的としたものであるから、右は特定物の売買であることはけだし疑のないところであり、ただ右附帯条項は前記のような事情から一応リストに従い数量を定めこれを基準として代金額が定められた関係上後日その数量に増滅のあることを発見したときは改めてその数量に従い代金額を改定するとの趣旨であつて、実数量が払下数量を超過していることが判明した場合その超過部分に対する所有権を留保するとの趣旨を含むものでないことは、本件物件の性質その他契約の全趣旨に照し容易にこれを看取し得るところであつて、現に国と日鉄とはその後昭和二十五年三月三十一日右条項に基き超過数量につき代金額の改定を行つた事実に徴するも明らかなところである。

そして本件日鉄と光市との間の契約は、右国と日鉄との契約を基礎とし同一目的物件の一部の分譲契約であつたこと、右契約に当つては前記のように分譲すべき機械の置場である工場が個別に指定され而もその機械自体にも印が附されて受渡が行われた等の点と国より日鉄に払下げた条件と相俟つて見るも、右は国と日鉄との契約におけると同様に指定工場内に存する廃機械類を目的とした特定物の売買であると認めるを相当とし、従つて特段の事情の認められない本件においては契約と同時にその所有権は相手方たる光市に移転したものと解しなければならない。ただ右分譲契約においては、国と日鉄との契約におけるように正式に契約書の作成が為されなかつたためか後日実数量に増滅のあることを発見した場合における措置については必ずしも明確でないけれども、しかしこの点は右のいきさつ等からするも国と日鉄との契約におけると同一に処理する趣旨であつたことが窺われるのであつて、従つてこれが検量についての約定の如きも後日代金調整のための方法に過ぎなかつたものであることが推知できる。原審証人市山収、深川安祝、高松千年の供述中には多少あいまいの点がないでもないけれども、その多くは法律上の見解に属するものであつて、必ずしも右の認定と矛盾するものではない。従つて以上の点に関する原判決の判断は正鵠を得たものとは認め難い。

してみれば、問題となつた前記本件物件が右指定工場の指定機械から発生したものである以上、たとえそれが総体として買受数量を超過するものであつても、後日実数量に従い日鉄との間に代金額の調整をすれば足るものであつて、その所有権は光市に帰属したものというべく日鉄又は国の所有であるということはできないから、被告人等がこれを工廠外に搬出し処分したとしても窃盗罪を構成するいわれはないものといわねばならない。

なお原判決引用の被告人等の検察官に対する各供述調書中には右所有権移転の点を正解せず且つ代金の調整もしていないところから窃盗の点を自白しているかのような記載がないでもないけれども、右は被告人等において法律智識に乏しいためその法律関係を十分に理解しなかつた為と光市が日鉄との契約に因つて負担する義務を怠つて居る弱点を持つ為とに出た供述であると認められ完全なる自白とは認め難い。されば之を採つて以て窃盗の事実を確定するに足らないのみならず、本件は右供述を外にしては他に右窃盗の事実を是認するに足る証拠は記録上認められない。

従つて原判決には所論のように事実を誤認し延いて法令の適用を誤つた違法があるに帰し、この点において破棄を免れない。論旨はいずれも理由がある。

第二、第一、二次清掃における業務上横領事件(原判示第二、第三事実)関係

同上各弁護人の控訴趣意中右関係部分に対する論旨(理由そご事実誤認、法令適用の誤)並びに検察官の控訴趣意第一点(事実誤認)について

各弁護人の論旨は、原判示第二及び第三において被告人等が横領したと認定された物件は、これ又光市のものであつて国有財産ではない。即ち右は光市が山口県との契約により前記工廠内に散在する鉄屑、非鉄屑等いわゆるスクラツプの清掃作業を施行し、その結果払下げにより得た物件であつて光市に帰属したものであるからこれを売却したとしても横領罪を構成するいわれはなく、又その犯意もなかつたというに在り、又検察官の論旨は右業務上横領の点につき被告人松村佐一が共謀関係なしと判定されたのは事実の誤認であるというに在る。

記録並びに原審の取調べた証拠に現われている事実によると、山口県においては光市よりの申請に基き同市の失業対策事業等を援助する趣旨を以て、昭和二十二年二月二十七日付総発第二三〇号内務省調査局長より各地方長官宛通牒「特殊物件及び兵器処理後における軍施設の清掃について」(証第七号の三)に基いて光市をして原判示の如く第一、二次に亘り前記工廠内全域にわたる清掃作業を施行させたが、その契約の内容は、光市においては右清掃作業により集積し得た鉄屑及び非鉄屑等のいわゆるスクラツプを毎日計量の上日報に認めて十日目毎にその品目数量等を県に報告し、県はその数量等を検査確認(検収)して光市へ払下げ、光市はこれを他に売却処分した上その売得金中より右作業に要した人夫賃その他諸経費を差引き、残金あらば県を通じ国庫に納入すべく、又人夫賃その他の諸経費が売得金を超過するときはその超過部分即ち損失は光市の負担とするとの定めであつたことが明らかである。

ところで問題は、被告人等は光市の財源を得る目的で右作業により集積し得た数量より寡少の数量を日報に認めて報告し、県も又その数量の確認につき書面検収又は日測等の粗略なる方法によつてそのままこれを容認し払下げたため、茲に払下数量と実数量との間に差を生ずるに至りその結果光市は多額の売得金を収めるに至つたことであつて、この場合原判決は右払下数量を超過する部分は当然払下げの対象外であつて依然として国有財産であるから、被告人等がこれを売却処分したのは横領罪を構成すると断じているのであるけれども、しかしこの点は原判決の如くにわかに速断し得べきものではない。即ち本件は前記山口県と光市との間の契約の趣旨によるときは、右清掃により集積し得た物件はすべてその清掃作業者たる光市に払下げられ、その払下代金は光市において売却処分して得た代金額によることに定められていたものであることが知られ得るから、光市においては右集積物件は一応全部売却し得る関係に在つたものというべく、そして爾後はただ約旨に従い前記精算関係を誠実に履行すれば足るのであつて、一面県においても右物件がスクラツプであるとはいえなお国有財産たるの性質を有していた関係上その間検収並びに払下げ等の手続を必要としたけれども、右の精算関係さえ確実に処理されるにおいては敢て前記通牒並びに本件契約の趣旨目的に反するものではなく、従つて右超過部分を払下げの対象外として光市の売却を全然許さないとする趣旨のものではなかつたことが記録上も認め得られるから、右売却は必ずしも権限なくして為された不法のものとは言い難く、従つて右売却を以て直ちに横領罪を構成するものと断ずることはできない。

なお被告人熊谷恭平の検察官に対する昭和二十七年六月十六日付及び同月二十六日付各供述調書によると、本件物件(原判決の別紙第一、二表に当るもの)は払下げ外のものであつて、始めから他と区別して取扱つて来たような供述部分があるけれども、右は同被告人及び被告人岡村勇一の原審第十五回公判調書中の各供述記載等に徴するときは、本件のような物件を別に分けて処理するが如きことは物件の性質上からも置場の関係からもできるものではなく、右は集積し且つ売却し得たすべての物件につき、県に対する報告等の関係上後に取扱者が心覚えのため区別して書いたものに過ぎないのであつて、始めから物件自体を全然区別して取扱つたものでないことが是認できるから、右熊谷恭平の検察官に対する供述調書を以て本件物件の横領を断ずるわけにはもとよりいかない。その他右横領の事実を確認するに足る証拠は記録上認められない。

これを要するに、被告人等は前記光市と山口県との契約を誠実に履行するにおいては、光市としては失業者救済の目的を達し得られるとしてもその財源に資するところは皆無であつたところから集積物件の数量を寡少に報告し或は代金の精算関係を明確にしないことにより光市の利得を図ろうとした形跡を窺えないことはないけれども、右は他の犯罪に触れる疑のあるは別として、本件物件を横領したと認むべきものではなく、又しかく断定すべき証拠が十分であるとはいえない。

従つて原判決がこれを業務上横領罪を以て処断したのは事実を誤認したか又は法令の解釈適用を誤つた違法があるに帰し、これ又破棄を免れない。従つて弁護人の論旨は結局理由があるけれども、検察官の論旨は理由なきに帰する。

第三、第三次清掃(発堀)における業務上横領事件(原判決無罪)関係

検察官の控訴趣意第二点(事実誤認、理由不備、採証法則違反)について

右第三次清掃(発堀)作業は、所論も指摘するように、前記第一次及び第二次清掃作業に引続き行われたものであつてすべて右とその軌を一にし、ただ第一、二次清掃においては光市が自己の名において作業を行い且つ作業の目的物は地表に在つたのに対し、第三次清掃においては清水組の下請の名において行い且つ作業の目的が地下に埋没している物件であつたことの差異に過ぎないのであつて、前記第二において説明したところはすべてこれに引用し得るものである。従つて被告人等の所論物件の売却を以て直ちに横領罪に問擬し得るものでないことは右に説いたとおりであり、なお隠匿横領の点についても、右は特に被告人等において故意に隠匿を図つたと認めることのできないことは原判決の説明するとおりである。ただ原判決は第三次清掃においては第一、二次清掃の場合と異り書面検収だけでなく県係官が実地において現物につき検収して払下げたものであるから実数量の如何にかかわらずその所有権は光市に帰属したものであるとの判断の下に無罪としたのは必ずしも相当であつたとは認め難いけれども、これを無罪としたのは結局において正当である。要するに記録を調査するも原判決には所論のような事実誤認その他違法のかどはない。論旨は理由がない。

第四、光市議会備付の工廠物資処理委員会議事録の一部破棄事件(原判決第四事実)関係

弁護人小野実、同原田左近、同小河正儀の各控訴趣意中右関係部分の論旨(事実誤認、法令適用の誤)について

各論旨は、本件において被告人等が焼却したという文書は鉄屑処理決算表であつたとする明確な証拠は存しない。仮に右決算表であつたとしても、右は公用文書とはいえない。なお被告人松村は自己の刑事被告事件についてしたわけであるから証憑湮滅罪は成立しないというに在る。

しかし、原判決挙示の証拠(但し被告人松村佐一の昭和二十七年六月六日付供述調書とあるのは、同被告人の検察官に対する同日付供述調書、又被告人鳥越幸助の昭和二十七年六月二十六日付供述調書とあるのは、同被告人の検察官に対する同日付供述調書の各誤記と認む)によれば、原判示第四摘示の犯罪事実を認めることができるのであつて、記録を調査するも右の認定に誤があるとは思われない。そして被告人等が焼却したという文書は工廠物資処理委員会提出事項と題する書面中二枚目の銑屑処理決算表であつて、右は光市議会事務局備付の工廠物資処理委員会議事録の一部を為していたものと認められるから、右は法令に基き義務として作成されたものではないとしても刑法第二五八条にいわゆる公務所の用に供する文書に該当するものであることは明らかである。なお所論は、右鳥越幸助の検察官に対する供述は虚偽のものであると主張するけれども、虚偽と思われるふしは記録上見当らない。所論は更に、被告人松村が右文書を焼却したのは自己の犯罪に問われることをおそれ自己の利益の為にしたものであるから同被告人については証憑湮滅罪は成立しないと主張する。そして記録によると、右文書は松村佐一外十一名に対する本件業務上横領事件についての共通の証拠であつたと認められるけれども、原審第二十二回公判調書中の被告人松村佐一の供述記載によれば、同被告人がこれを焼却するに至つたのは、始め相被告人である山本斗八等が右被疑事件につき警察へ検挙拘束されなお場合によつては他に波及する虞れがあることを憂慮してしたものであるが、当時としては自己の身辺が危いとは全然思つて居らず専ら他の共犯者である右山本斗八等の為にしたものであることが認められるから、従つて同被告人についても同罪の成立を妨げるものではないといわねばならない。従つて論旨はいずれも理由がないけれども、職権を以て原判決の量刑の当否を考えるに、被告人等の右所為はその犯情必ずしも軽しとしないけれども、しかし右業務上横領被告事件は結局無罪となつたことその他記録に現われた各般の事情を考慮するときは、原判決の科刑は重きに失するものがあると認めざるを得ないから、原判決はこの点において破棄を免れない。

以上の次第であるから刑事訴訟法第三九七条により原判決中被告人松村佐一、熊谷恭平、山本斗八、岡村勇一、中川喜代七、山村仁策、山本雷造に関する各有罪部分及び被告人鳥越幸助、勝岡義雄に関する部分を破棄し同法第四〇〇条但書の規定に従い当審において更に左のとおり判決する。

又検察官の本件控訴はその理由がないから同法第三九六条に従いこれを棄却すべきものとする。

原判決の認定した被告人松村佐一、同鳥越幸助の判示第四の所為を法律に照すに、公用文書毀棄の点は各刑法第二五八条第六〇条に、証憑湮滅の点は各同法第一〇四条第六〇条にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから同法第五四条第一項前段第一〇条により重い公用文書毀棄罪の刑に従い、所定刑期範囲内において被告人両名を各懲役三月に処し、なお情状により同法第二五条を適用していずれも本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用中証人増本鉄造、弘信明に支給した分は刑事訴訟法第一八一条第一項に従い右被告人両名をして連帯負担させることとする。

本件公訴事実中、被告人山村仁策、岡村勇一、熊谷恭平、勝岡義雄に関する原判示第一記載の窃盗の点、被告人山村仁策、岡村勇一、中川喜代七、熊谷恭平に関する同第二記載の業務上横領の点及び被告人山本雷造、山村仁策、岡村勇一、山本斗八、中川喜代七、熊谷恭平に関する同第三記載の業務上横領の点については、いずれも犯罪の証明が十分でないから刑事訴訟法第三三六条に従い右被告人に対しては無罪の言渡を為すべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 尾坂貞治 裁判官 大賀遼作)

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